Wanderer's Hobby


Korean trip


 韓国人の友達は結構多いんでそのツテをしっかり使おうぢゃないか計画が持ち上がったのが、NZに入国して数ヶ月たってからのこと・・・。ナゼかボク韓国人好きなんですわー・・。なんてーかな・・。日本人が確かに昔は持ってたであろう、礼儀作法、先輩や目上の人達に対する対応なんかを彼等は堅く守っている・・・。日本人の全部が忘れてるわけじゃないとは思うんだけど最近の若者達は(こういうことを書く時点ですでに私は紛れもないオッサンです!)どうも・・・。(いや、僕らの世代も一世代上の人達からはさんざん同じコト言われたからこの論点は永遠に続くテーマなのかもしれないっすね・・)
 結論を今書いてしまうとなんなんだけど、10年前の日本を見てる気がして、とても興味深いです。受験戦争に巻き込まれている子供達。日本以上の学歴偏差値社会。日本バブル崩壊のあおりを食って停滞しかけている経済情勢。アメリカナイズされてきている大学生達・・・。なんかもうすぐ第二の宮崎勤、第二の酒鬼薔薇聖人などが現れて韓国国民を驚かすことがあるのかもしれない・・・。韓国の友達達を見ててそんなことを予感させられました・・・。

 それにボクは今まで韓国に対してなーーーんの予備知識も持っていなかったので、日韓の歴史についてさえさーーっぱり知らなかったのだ。ま、友達でもいないとくわしく知ろうとはしないですよね。第二次大戦のときの日本軍による侵攻は今だ彼等の心に深い傷を負わせているのでしょう。首相が靖国神社を参拝するのが問題になるのがいままではさっぱり訳わかんなかったんですけど、少し理解できるようになりました。またニュースの見方も変わってきた気がします。韓国人の友達と飲みながらアツく語り合うのはとても良い経験でした。これぞクロスカルチャー。



 地元岡山から仁川エアーポートに到着したのはまっ昼間の1時頃。日本も暑い時期だったけど、ここは少しだけ過ごしやすそう。今までさんざん聞かされていたことに、韓国の空港について飛行機を降りたとたん絶対にキムチのにおいがするからチェックしてみて!!とのことだったんだけど、・・・うーーーん、感じませんでした・・・。とあるキウィ(ニュージーランド人のことをこう呼ぶ・・・)は、日本に着いたとたん「ショーユのにおいがする!」って言ってたけど、ホントかなー??
 インチョンエアーポートは綺麗な空港でした。マレーシアのクアラルンプールの空港もスゴかったけど、こちらも負けず劣らずカッコよろしい空港でした。空港職員になぜか日本語で「センセイ、カバンノ中ニ何ガ入ッテマスカ?」とセンセイと呼ばれチェックされる。何もないからすんなり通れたけどね。あの人はみんなに「センセイ」と呼んでいるんだろうか・・。もう「シャチョーさーん」は古いのか・・!!
 一万円を両替したら十万ウォンになった。金持ち気分でバス乗り場を探す。太田市(デジュン)のGovermentComplexまで15000ウォン。安いのか高いのかわからないが、こんなものなのかな。クアラルンプールの客引きタクシーにはちょっとだけボッタくられた経験があるからなー・・。(600円くらいだけど・・)
 これから約3時間、デジュンまでのバスの旅を楽しもう。

しかし、この日は2001年9月12日!!そう何を隠そう「セプテンバーイレブンス」の次の日!!テロで世界中が震撼したってのにその次の朝、飛行機に乗ってる僕って一体・・・。ホントは楽しんでる場合じゃないんだろうけどね・・・。NYの人達は大変なことになってるのにサ・・・。
 韓国でもニュースはテロ一色。今思うと国外に於いてだからこそ余計に国際的な平和というものに想いが向いたんだろうと思います。NYにある国連の本部の前にはこのような一文が書かれてあります。

"They will have to beat their swords into plowshares and their spears into pruning shears."
「彼らは剣をすきの刃(農機具)に打ち変えて、槍を刈り込み鋏(これも農機具)に打ち変えなければならなくなる」

本当に国連は実現できるのだろうか。いや国連でなくても良い・・。どこかの国家があるいはどこかの誰かが実現させられるのだろうか・・。アメリカ人はアメリカが正義だという。フセインやビンラディンはアメリカが悪だという。キムジョンイルもまた然り・・。人間が試してきたいかなる形態の政府がこの言葉を実現させるのだろうか。武器も兵器も放棄して農耕機具に打ち変えて、世界の人々が安心して暮らせる世界・・。何百年とわたって色々な政治体制が現れては消えていった。そのどれもが完璧な世界平和は成し得なかったというのに・・。

 バスの車窓から流れる風景はどこか懐かしく、緑にあふれ、鳥たちがバスと追いかけっこしている。青空市場が開かれ、その日の朝取れたであろう野菜や果物が並べられている・・。こんな日に於いても時は流れ、人々は生きていくために精一杯がんばっている。ソシテボクハ今ココニイテ、コノ風景ヲ眺メテイル。・・・最低限、今ここから見える人々の平和と、さらにボクが今まで出逢ってきた全ての人々の平和を願わずにはいられない・・。

ミンナゲンキカ・・・?


デジュンのバス停にはオークランドの時のクラスメート、マイキーとインホーが出迎えてくれました。彼等は留学のためオークランドに来て約一年間、語学学校で勉強していました。彼等の顔を見てその頃をなつかしく思いだしました。

 彼等は韓国に帰ってからも大学で勉強を続けていて、良くできる彼等のことだから多分良い会社に入ることだろう。その「イイカイシャ」が本当に彼等のすばらしい内面を引き出して、生かしていけるんだろうか?歯車のように感じることなく生きていけるだろうか・・??学校が週休二日制になり日本のゆとり教育が、その歩むべき道を歩きだした・・。もし間違った方向に進もうとする「ゆとり」ならば韓国のように学歴の社会であってもこれはこれで良いのではないか・・・。
 マイキーとインホーは忙しいにもかかわらずバス停まで車で迎えに来てくれていました。彼等の家は結構近所どうしだったのに、今まで会ったことがなく、たまたまNZで知り合って「あー、キミもテジュンなのー・・?しかも家近いじゃーーん・・」って感じで意気投合したらしい。ボクのインホーのイメージはマイキーの家に入り浸ってファイナルファンタジーを英語版でずーーーーーーーーーーーーーーーーっとやり続けているイメージしかなかったのだ。ホント彼はゲーム好き。

 その日は直にマイキーの家に行き荷物を置いて、夕食をゴチになりました。その後マイキーパパの運転する車でテジュンの繁華街へゴー!お腹一杯なのにビールを飲みました。ココでひとつ思い出す・・。彼等の習慣その(1)みんなで同じ物を食べる(または飲む!)。ボクがビール飲みのみたがったんでみんなも僕に合わせてビールを注文する。でもインホーはソジュ(焼酎)が飲みたいらしい。なら勝手に飲めばいいじゃんって思うんだけど、それは違うらしいのだ。その辺が韓国なんだよなー。

  

次の日はマイキーの学校の日。ま、インホーもなんだけど、じゃーおいらは邪魔しちゃ悪いから町中をうろついてこようかな・・って思ったんだけど、マイキーが車の準備を始め「カムウィズミー」。ドコへ連れてかれんのかと思ったら彼の大学へ・・。なんだなんだ??かなりデカい大学だぞ!!校舎もいっぱいあって学食もそれぞれの棟にあるのだ。ある棟には郵便局まであったよー。だから、あ〜マイキーどっかの学内喫茶にでもいろってことなのかなー・・・と思いきや!!カムカムカムで連れて行かれたはズバリ!教室!!なんだなんだー!!なんでおいらが入っていっていいのー!???って聞いたらノープロブレムだと・・・。ほんとかいや???マイキー曰く、今日の授業は英語だ、先生も歓迎してくれるさ・・・May Be・・。  おいおい、最後のメイビーが気になるぞ!!大丈夫なのか??しかし、ボクも気にせず入室!クラスメートと軽く会話を交わす。最初はアニョハセヨー、その後続かないから英語・・・。ならこのオッサンなんで英語しゃべりだすんだッ?てな目で見られる。そこでマイキーが説明・・。ムハハ・・。生徒達へのつかみはオッケー。あとは先生だな・・。しかし、マイキー一番前に座らなくてもいいぢゃないのー!目立つっちゅーの!そうこうしてる間にドン先生登場〜〜!!出席を取ってる・・・。イークォンタ・・・イェ〜(はいって意味ね)・・。当然僕の名前はナシ。でも人数までチェックしないから授業開始。最初先生も生徒を笑わせようと、なんか質問を投げかけてる・・。たまに笑いがもれてる・・。しかし突然、先生が、とある列の宿題をチェックし始めた!!ゲゲ!!オイラの列に来ませんように・・・。韓国語なんてさ〜っぱりわかんないのに英語の文法を黒板に書かれだすと理解できるようになる・・・。ここでディン先生が「この文をノートの上に書きなさい」と言う。それは「How to get an "A" in Dong's Writing class?」というものでした。どうすればドン先生のクラスで”A”評価を取れるかってことね・・!OK。OK・・。なんか書けばいいのね。みんなは「良く予習する」とか、「話を注意して聞く」とか書いてる。それを一人一人チェックするドン先生・・。ボクはちなみに「I should invite dong for dinner」 と 「I must introduce japanese girl for Dong」 と書いてたのだ!! 「ディン先生に晩飯をおごる」、とか「ジャパニーズガールを紹介する」とか書いてたのだ!! すると一人一人チェックしてた先生の足がなんとボクの机で止まり「ホニャラララ〜ホニャラララ〜(韓国語)」と叫んで大笑い!!ボクになんか話しかけてるんだけど、わかんないからマイキーがついにタネあかし。すると先生喜んで歓迎してくれました。良かった良かった・・。その答えをみんなに発表してたらみんなもウケてた・・。でもこんなギャグで笑いが取れるってかなり笑いのレベルは低いんじゃないのかなー・・・。ボクNZに居たときもアジア系の人達にはスゴイおもしろいヤツだって言われてたんだけど、日本ではいたって普通なんですよ。関西人とかが行ったらどんなエライことになるんだろうか・・。一時間の授業が終わり、先生に礼を言って教室をあとにする。いやー、とても面白い経験が出来ました!!!
 さらに放課後にマイキーの入ってる部活の部室に潜り込みました。結局最後まで何の部だったのかわからずじまいだったんです。ギターが転がってたり、バスケットボールが転がってたり、パソコンを部員がいじくってたり・・・。そこの顔出して、再びそこの連中と会話する。みんな軽くは英語喋れるんだねー・・。しかもたまにノリのいいヤツもいて、これも楽しい経験でした。そのうちの一人のコが最近までニューヨークで勉強してたそうだ・・。「え〜、じゃ友達達はみんな大丈夫だった?」って聞くと、一応全員と連絡が付いた、って言ってホッとしてた・・・。やはり無差別のテロはこんな地球の裏側に住んでいる少女の不安感さえかきたてるんだ。そのコは昨日の内にすぐ友達全員に電話したって言ってたけど、その時に一人でも電話に出ないなんてことがあったら・・・、そう考えるだけで、ボクでさえすごく不安な気持ちにさせられます。


で、このあと授業のない、マイキーとこの写真に写ってる女のコ達と、デジュンで有名なお寺に見学に行くことに・・。なんかその寺まで行くのにけっこうなトレッキングコースがあるらしい。山歩きが好きな僕はそのルートを期待して行ってみたんだけど、夕方だったモンで、そのルートはすでに閉鎖。往復で4時間くらいかかるらしいからね・・・。だからふもとにある寺院だけ見学することにしました。韓国の人達はみんな信心深いんでしょうか・・、夕方だというのにかなりの数の参拝者が見えられてました。そしてここは女性の出家信者が多いところなのか、ある建物には男性は入っちゃいけないそうなのだ。ここには歴史的な価値のある仏教美術も見られます。石で出来た塔やその回りにある何か動物を象ったレリーフ。日本では保護されててよさそうなモノが現役で使われています。


 夜は夜景を見に行きました。かなり・・・ホントかなり急な坂を駆け上るマイキーの車。なんか酔いそうな勢いなんですけど・・・。急さ加減が日本の比ではないかも。坂の頂上はTVの電波塔らしきものがあって、そこからデジュンの町が一望できます。オークランドにはMt.イーデンっていう夜景の綺麗な山があるんですが、マイキーといるとなんか色々思い出してしまっちゃうなー・・。しかもココもカップルだらけ。
 あのー、ところで、カップルの在り方っていうか付き合い方がどことなく古いような気がするんですが・・。ペアルックがいたり、ラッコちゃんだっこしてる人達いたり・・・。うーん、よくわからねー・・・。



 次の日もマイキーが学校へ・・。金曜日だからね・・。でも今夜はソウルからランヒーって女のコが訪ねてきてくれるのだ。ランヒーはオークランド時代にマイキーの家にフラッティングしてたのだ。そのころマイキーの家によく遊びに行ってたので顔見知りになったのだ。学生ビザだけだから働けない、しかし働きたいっていうので、コリアンレストランでわずか時給$5.50(約¥270)でがんばって働いてたいいコなのだ。韓国に帰ってベトナム人の彼氏はどうなったんだろ?
 今日も一緒に学校へ。すると、またまたマイキーはカムカムカム・・・。おいおいー、また忍び込むのか??いいのか?マイキー?ま、英語の授業だから大丈夫だろ・・・。するとすると!またまた当てられた。「Let me....なんとか」の発音を練習しましょうとのこと。「じゃー、あなた発音してみて!」で、ボク。「レット・ミー」を「ラッミー」ってかんじで発音すんのね。ハイハイ・・。そんなこんなで授業も終盤。それでマイキーがまたもやネタ晴らし。先生も驚いてたわー。
 よーし!ついに夜だ!晩御飯をランヒー達と食べるのだ!しかもランヒーの女友達2人もソウルからやってくるとのこと。さらにさらに、韓国の伝統的な料理を食べに行くとのこと。うーれしー!!

夜の7時・・、マイキーとインホーとボクの3人でとあるレストランに入っていくと、すでにランヒー達3人はお待ちかねでした。ランヒーの二人の友達も横に座ってて、なんか合コンみたい・・。でもランヒーと喋る意外はみんなは韓国語で盛り上がるから、ボクはサミシク伝統韓国料理を食べまくるのであった、ついばむのであった。真露を飲みまくるのであった、たしなむのであった。ここで韓国人の食事の習慣その(2)「クッパみたいな丼モノ(ぞうすいモノ)は取り皿に取らない」。なんですよ〜。ボクは気にしないんですけど、マイキーがスプーンを使ってクッパを一口二口食べる。おいしそうだから女のコ連中も欲しがる。それをハイと渡すとそのコらは自分のスプーンで普通に一口二口食べてマイキーに返すのだ・・。潔癖性の人が見たら耐えられないことなんだろうなーって思いました・・。でもすごく「俺達はファミリーだから気にしないよねー」みたいなカンジがしていいと思うんだけどねー。
 その後店を変えて上の写真にあるビールの飲める店に行くと、さらにNZ時代の知り合い(ボクは一度しか逢ったことない・・)が彼女と共に登場。いやー・・・久しぶり・・・。でもでも、韓国語だけで盛り上がるみんな・・・。さーて、飲むぞーーーー!!!わはははははははははははは!!!















・・・・飲み過ぎた・・・。



その後、インホーの部屋に移動。ランヒー達ソウル組は明日の(もうすでに今日だけど・・)始発で帰らないと行けないらしい。学校に行くんだって・・。さすがにインホーの部屋ではみんなで寝るのかな、と思うと、案の定途中のコンビニでビール買ってました・・。よく飲むね・・。おいらはすでに飲み過ぎてるっちゅーの。その帰りの道中でようやくランヒーとゆっくり会話しました。さすがに彼女の英語はしゃべくりが速い。今は大学でドイツ語も専攻してるそうだ。さらにヒロシマに1ヶ月ほどホームステイしてたこともあることも発覚。んで、次もどこかへ語学留学したいそうだ・・。金持ちなのか・・??インホーの家に付いたときはすでにボクは「お眠む」のお時間。さらに気分も悪い・・。ちょっと横になってたらいつのまにか眠ってた・・。一時間半くらい寝た後起きてみるとみんなもそのへんで寝てました・・。おーい、そろそろ起きないと学校に間に合わないぞー!!タクシーを止めて、See U Again....みんな元気で。またいつか逢おうゼ!!みんなが帰った後、ボクとマイキーとインホーはどっと疲れが出たのか、会話もなくそれぞれ家路についたのでした・・・。
 明日からはこの3人でプサンにドライブに行く予定です・・。




プサンまでイッキ走りしました。昼過ぎにみんな集合してマイキーの車で高速に。韓国は異常にガソリン代が高いらしい。満タンで30000ウォン。(3000円)位。なんだ、日本と変わらないじゃん、と思ったらやはり物価的には高い感じがするなー。でもまあ高速代はそこまで高くないらしい。高速代は幾ら払ったのか忘れたけど、この旅の費用はすべてマイキー持ちなのだ。韓国の習慣でお客さんには払わせない、というのがあるらしい。今回いっぱいおごってもらったから彼がもし日本に来たときは全部おごってあげないといけないわけね・・。わかり申した。ちなみに「満タン」は韓国語でも「マンタン」らしい。だからマイキーが「マンタン、ジュセヨ」って言ってみろと言うからGSで言ってみるとずばり通じた。おもしれ〜・・。

プサンに着いたらすでに夕方になっていた。プサンでもNZで出逢ったコが待っていた。・・・というかマイキー、あんた女のコばっかり訪ねるばっかで、多分おいらをダシに使ってるな。多分みんなには「ヤスが韓国に来てて色々旅したいっていうんだよ〜、まぁボクはそうでもないんだけど、ヤスが逢いたがってるからさ〜、出ておいでよ〜・・」てな感じのことを言ってるんじゃないかと思われる!!マイキーめ〜。でもボクはこのプサンの二人の女のコはさ〜っぱり記憶にないのだ・・。しかし、むこうはよ〜く憶えてくれてるらしくて、ホンマごめんなさい・・。で、みんなでブルガルビを食べに行きました。ウチの弟が昔韓国に修学旅行行ったとき。全部の料理が辛い!と言っていたが、この旅の期間中そんなに辛い思いをした記憶はなかったんだが、この夕食はまさに辛い!。ビールにご飯がすすむ、すすむ。でもうまかったっす!ありがと、マイキー!!


プサンの海岸で天心甘栗を剥いて食べてるワタクシども・・。



ご飯を食べ終わると僕らはホテルへ。2人部屋で無理矢理3人寝ちゃいました。次の日は再び全員集合で海岸の散歩を楽しんだり、魚市場の周辺を見学してまわりました。

  


プサンは福岡からもわずか数時間のフェリーで行けるほど日本とはとても近い町。昔、壱岐と対馬をツーリングしたことあったんです。あいにく対馬は大雨でキャンプ場が水没しかけた・・(寝てたらテントの中が水浸しだった・・)ホントは韓国を見ようとしてたんだけど次の日も晴れそうにないので、プサンは見ることが出来なかったのだ・・。しかしついにそのプサンを歩いているのだ。
 やはり百聞は一見に如かず、ということかなー・・。
ぼくのプサンのイメージは「釜山港へ帰れ」の歌だったからなー・・・。かなりさびれた漁港をイメージしてたんだけど全然都会じゃん!!でっかいコンベンションセンターが出来たというのでそこへ行ってみることに。今日がオープンの日だったらしく、プサンモーターショーが開催されてました。ドコの国でもそうですがキレーなネーチャンが車の周りをグルグル回ってる。その周りをカメラを構えたコゾーがグルグル回ってる。初めてモーターショーを見たけどなかなかおもしろかったっす。そしてその帰りの渋滞はものスゴかったっす。

プサンはなかなかイイ街だったなー・・。モーターショーを後にしたのは夕方6時。これから彼等は「キョンジュ」という街に向かうという。もう6時なのに大丈夫か〜??ホテルとか問題ないの?って聞くとノープロブレムだと・・。じゃー、まかせた!おいらはスマン、爆睡してしまった・・・。


キョンジュは京都みたいでした・・。いや、超ド田舎の京都でした・・。のどかな田園風景が広がり、田圃の周りでは小さな蛙が蝉と合唱し、山から下りてきた蜻蛉もゆるやかなパドリングを楽しんでいる。ん?蛙がいるってことはまだ田圃に水があるってことなのか・・。しかし、秋の訪れを告げる蜻蛉達も車の上をダンスしている。少し標高が高いのだろうか・・??二毛作で収穫量をあげているのだろうか・・??ある一つの有名なお寺に登ってみる。ここも信仰心豊かな人達の集う場所となっている。でも駐車場でお金を取られるのは、そして入場料も取られるのは一体ナゼ・・??このへんは日本といっしょなのね・・・。
 ひとつ気になることがある・・・。マイキーも教えてくれたことなんだけど、お寺のなかの一つ一つの塔、あるいは門などに解説を書いた看板が立っている・・・。その全部とはいわないまでもほとんどの解説が韓国語、日本語、英語の3ヶ国語で書かれている。その解説によると「このお寺は19XX年、日本軍により破壊されその後改修される・・」と書かれていて・・、しかも行く先々のお寺やら塔やらに立っている・・。ボクは韓国語は読めないけど、マイキーがそのように言うんだから多分韓国語でも書かれているんでしょう・・。で、英語も読んでみる。・・ナニナニ・・。じゃぱにーず・いんべーだーガ、ですとろいやーでナントカカントカ・・・。やっぱ書いてんじゃん・・!でも日本語解説にはそのことには一切触れてないのだ・・。うーーん・・・、どうもなー・・・。ボクは過去のことを国民として謝れって言うんなら総理大臣さんも国民を代表して謝ればいいんじゃない?って思ってるし(ボクで良ければいくらでも謝るし、実際マイキーやインホーにはこっぴどく日本バッシングされたからね・・・・)、保障すべきところはしなければいけないと思ってます。でも韓国の政府として、国民を一致団結させるための道具として「対日感情」を使うのはどうかと思います。コレだってそうだ。なぜ日本語解説には侵略されたことを書かないの??ここが日本人にも有名な観光地だからなの??ボクは韓国人にすごく良い友達がいっぱい出来たし、ドルソビビンバもキムチもクッパもブルガルビも大好きなのに、今になってからこの旅を振り返ってみて、このことだけがとても残念に思ったことでした・・。


 キョンジュからの旅路、高速道路でデジュンまで向かう。とあるサービスエリアでの会話・・。
マイキー:「ふい〜、遠かったなー、イッキ走りはチトきついわ〜・・。」
インホー:「オレは寝てたけどね・・」
マイキー:「じゃー、あと運転してくれよ」
インホー:「は??あと一時間ちょいじゃん、明日オレ学校だからおまえがんばってくれよー」
マイキー:「えーー???」
              ・・・・・・・・・・・・・
マイキー&インホー:「ヤスー、インターナショナルライセンスは持っているかい??」


・・・・ってなわけで、いきなり戦闘態勢に突入!!グアムで運転してたから右側通行はなんとかできる(でもたった3日間!)、左ハンドルもオヤジの車でなんとか・・(でももう5年も前だ)。「あはは〜、ま、何とかなるさ〜」で運転しちゃいました!!約一時間のドライブだったけど、楽しかった〜・・。
 自分で運転するって行為は旅してるって感覚を呼び覚ます。バスやら電車だと、人に連れて行ってもらう旅行ってカンジになっちゃってどうもその土地に対して愛着が感じられないのよねー・・。もしそうなら実際に歩いて、あるいはチャリンコで踏襲していくべきだッ!との意見もありますが、そこまで根性ないのでどうしても動力付きのモーターカーで、しかしそれを自分でドライブすることによってこの土地に自分の足跡を残してきたって感覚を持つことが出来るんです。足跡は残せないけど、バイクの、あるいは車のタイヤの轍をここに刻みつけたゾ・・と。一種の征服感っていうんでしょうか。この征服感がボクの旅をする上での重要なファクターになっているような気がします。あわよくば二輪車で、自分の体で、大気を切り裂き、轍を残して移動する方法がよろしいかと思われます。


なんだかんだで一週間のステイがあっという間でした。マイキーの家で最後の夜を過ごして明日は再びNZに向けて旅立つのだ・・。マイキーの家はマンションの10階(だったと思う。)高い位置にある窓から南を思い見る。南はどっち方面だ??多分そちらにはわが故郷岡山とその遙か彼方に第二の故郷オークランドがあるはず・・。待ってろよー。そしてまた来るよ。人に出会い人と別れる一期一会もあれば同じように訪れる土地に対しての一期一会も感じずにはいられませんでした・・・。しばらくたたずんでいるとマイキーの妹ガンジューがちっちゃな二つの置物を持ってきてくれた・・。チェジュ島で買った物らしいのだがプレゼントとして日本に持ち帰ってくれとのこと。彼女は明日早くに起きて学校に行かないといけないから多分コレが最後・・。しばらく後にガンジューも海外で勉強することにしているらしい・・。国はカナダ・・。がんばっておくれ・・。遠い場所からではあるがオヂサンは応援しているぞ!


 朝になってマイキーパパとマイキーママにお礼を言って、車で送ってもらう・・。行き場所は着いたところと同じバス停。着いて30分くらい時間があるからしばらくマイキーと話し込む・・。楽しかったよー・・。また日本にも来いよ・・。あーあぁ、明日はオークランドか・・。もうちょっといたかったなー・・。たわいもない話だけど、重さを感じる会話でした・・。
 バスが到着する。「じゃー次は日本で逢おうゼ!」 固い握手と共にボクはインチョンエアーポート行きのバスに乗り込む。行きのバスではテロ事件の後ということもあり、少しのネガティブ感があったんですが、今はいつもと一緒。いつもの旅の終わりに感じることに出来る、ある種のあの満足感と高揚感、それに少しの寂しさが韓国の夕日と一緒になってココロを焦がしていました・・・。






ありがとうみんな!!そしてまた逢おう!!





・・・おっともう一つ・・・。
ロッテリアのキムチバーガー、言うほどウマくねーゾ!!




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